近代建築の銀行が立ち並ぶ中心部からルクセンブルクが誇るガラス張りのエレベータで降りると、そこはもう時が止まったような谷底の静かな村パフェンダルPafendall。ここから反対側の要塞に登り、谷を隔てて「北のジブラルタル」ルクセンブルクを眺めます。
何しろルクセンブルクは地形を利用し谷間に囲まれた城塞都市。1867年の永世中立化で多くの城壁、要塞が壊されましたが、地形を利用した城塞の下の谷間に広がるグルントなどの町から見上げるとあらためてその威容を感じます。これらアルゼット川の両岸のほとりに並ぶ谷間の町は、ローマ時代から人が住んでいた市内の一番古い界隈。市内からの登り下りが不便なせいか、古い町並や建造物が昔の面影を色濃く残しています。

そんな谷底への昇り降り、なんか不便そうですが、実はルクセンブルクには谷への乗降にエレベータが活躍してるのです。毎日の生活に坂はキツい、そんな地元民にとっての足であるエレベータが市内には二つあります。ミュンスターや自然史博物館、またミシュラン星つきのレストランがあるグルントに降りる方のエレベータの方が観光的にはメジャーな存在ですが、もうひとつのパフェンダル村に降りる方のエレベータも総ガラス張りで絶景!足元に広がる中世の面影を残した村、向かいのキルシュベルクにそびえるEU議会の高層ビル群と要塞跡を十分に堪能出来て、天気のいい日には思わず何往復もしちゃう。

エレベータのガラスの向こうに広がるのは携帯のカメラ機能とわたくしの腕ではお見せ出来ないパノラマな景色。フランスの軍事建築家ヴォーバンが築いたニーダーグルーネヴァルトとオーベルグルーネヴァルトのふたつの要塞跡と、その背後に見えるキルシュベルクのビル群です。これらの要塞はルクセンブルクが中立国となった1867年以降に壊され長く捨て置かれていましたが、最近になって復元され、現代建築と融合した美術館になっています。エレベータで往復するのもいいですが、ここまで来たら谷間の村を散歩し、自分の足で砦に登ってみたくなりますよね〜。実はパフェンダルから砦を経由してキルシュベルクに至るウォーキングコースが完全整備されているのです。さすがサイクリングやトレッキングが盛んなルクセンブルク。
市観光局イチオシの2時間のウォーキングコースは、築城の天才ヴォーバンの名前を冠してヴォーバン・サーキュラー・ウォークと名付けられています。これはボック要塞を起点に要塞を登り降りしてパフェンダルを一周するコースですが、ここではエレベータから降りてパフェンダルの村を通り抜け、砦を登り、トラムのフィルハーモニー駅に抜けるショートカットで行ってみます!脚に自信のない方用、ほとんど歩かないで済む交通機関を駆使した超絶ショートカット(ただし曜日限定)もあるのでずずいと下にスクロールしてみてね。
市中心部の北側にあるジャン・ピエール・ペスカトーレ通りAvenue Jean-Pierre Pescatore を公園の方に歩いていくと、真正面に見えるのが19世紀中頃に裕福な商人 J. P. ペスカトーレの寄付により作られた老人ホーム(写真左上)。この建物の真ん前にあるロータリーより少し手前にエレベータへの案内板があるので、右に折れるとこの入り口(写真右)があります。
エレベータ前のガラス張りホールが写真スポット。意外とスピードが早いので景色を背景のセルフィーはここでゆっくり撮影しときます。
エレベータを降りたらすぐ左手に公衆トイレがあります。ドアが目立たないのですが、観光中にお手洗いに行きたくなった時のために覚えておくと便利!
お手洗いを過ぎてまっすぐ進むと目の前に橋が、その向こうに現在はルーマニア正教の教会に使われている1872年に建てられた聖マタイ教会が見えます。礼拝がある時にしか開けないようで見学は難しいのがちょっと残念。橋のうえから真上にかかる赤いシャーロット大公橋を見上げ、その下に静かにたたずむ川の上に建てられた防御壁ベインヒェンBéinchen とを見比べると、この国の持つ二面性に不思議な気分になります。橋を渡りきった袂にあるのは昔の洗濯場。川の水を利用した洗濯場は各家庭に水道が整備されるまで村の社交場だったはず、砦が現役だった頃は歩哨に立つ兵隊たちの汚れものもここで洗ったのでしょうか。現在はクナイプ療法の水中歩行用プールになってます。日本の温泉地にある足湯とは違って冷たいのですが、夏の暑い日などは結構地元の健康オタクが利用しております。
聖マタイ教会に突き当たったら右に行くのが順路なのですが、ここでちょっと寄り道して左に曲がります。そびえ立つむき出しのニーダーグルーネヴァルト砦に登っていく階段を右手に見ながら少し歩くと、先ほど教会の手前の橋から見えていたベインヒェンが見えてきます。この防御壁は橋にもなっていて、両岸のゲートは中世からのもの。ゲートを塔に作り変えた軍事建築家の名前をとってふたつの塔はヴォーバンの塔と呼ばれ、内部ではパフェンダルの歴史を開設したフィルムが見れます。残念ながら日本語字幕はありませんが映像だけでも結構面白いので時間があれば見ていくといいかも(10分程度)。1684年、スペイン・ハプスブルクの統治下にあったルクセンブルクにフランスのルイ14世が包囲戦を仕掛けた時、フランス側を指揮したのがヴォーバン。フランスの市内掌握ののち、パフェンダルの谷底の村の無防備さは市の防衛の弱点であると考えた彼はグルーネヴァルトの丘にふたつの砦を建設。市側のべレモン砦とグルーネヴァルト砦を、アルゼット川上に渡されたベインヒェンの防御壁で結び、谷の防衛を強固なものにしました。1685年からのヴォーバンのこの再構築は、それまでも自然の地形に恵まれていたルクセンブルクの守りを「北のジブラルタル」と言われるまでの名要塞にします。残念なことに1867年にルクセンブルクが中立国家になったことでその多くが破壊されたため、現在のものは残った土台をもとに復元したものが多いのです。
この塔のすぐそば、市側の岸辺にある細い煙突は1876年のもので比較的新しく、市内に水を供給していたポンプ小屋の名残だそう。
さて、ゆっくりベインヒェンと谷の守りを堪能したら元来た道を戻ります。聖マタイ教会を通り過ぎてまっすぐヴォーバン通りRue Vauban を進んでいくと、市内でもっとも早く、ローマ時代からアルゼット川のほとりに人が住み始めたパフェンダルの中心部に入っていきます。中世には染色、醸造、工芸などの職人の村だった景観保護地区。写真左の趣のある建物は実はライブハウス(!)、玄関上のレリーフは国民的作曲家でありパフェンダル出身のローレン・メネジェ。写真右下は川の水を利用した19世紀の洗濯工場の建物、1979年まで公衆シャワーと浴場として使われていたそうです。
そのまままっすぐヴォーバン通りを歩いていくと鉄道の高架橋が見えてきます。川沿いを続けて10分ほど歩くと、EUの父と言われるロベール・シューマンが生まれたクラウゼンの街。amazonのヨーロッパ本社があり川のほとりに社員御用達のトレンディなレストランやパブがひしめく界隈なのですが、そこまで行かずに途中でオーベルグルーネヴァルト砦に登っていきます。
登り口は鉄道橋をくぐってすぐの横断歩道のところにあります。案内板に Mudam / Musée Eechelen と書いてある遊歩道の階段を登っていきます。結構な登り坂ですが頂上までは割とすぐだし、舗装はされてませんが整備は行き届いているので散歩に適した靴で十分です。あまりおすすめはしませんがサンダルで登ってる強者も見ます。
自然がいっぱいの遊歩道からは、登り始めてすぐに鉄道橋越しにボックの要塞とルクセンブルク市街が見えます(写真右下)。木々が生い茂る山道を登っていくと、やがて視界が開けてこんな景色が。ここでは写真を撮りまくってください。電車が来るのを待つのもヨシ。右上の写真はルクセンブルク市内の砦のあちこちで見かけるスパニッシュ・タレット。なんの目的で作られたのかわからないらしいですが、市内に38個あるうちのひとつ。名前からしてスペイン・ハプスブルク統治下の17世紀に作られたものでしょうか、ただの砦の飾り…?
鉄道橋のよく見える橋まで来たらもう頂上の砦はすぐそこ。ヴォーバン・サーキュラー・ウォークであることを示すVのマークの案内板が出ているので、道に迷ったら参考にしてください。
オーベルグルーネヴァルトのてっぺんから向こう側に見えるルクセンブルク市街は息を飲む景観なのですが、これはぜひご自身の目で確かめてほしい、しかも、景色が素晴らしいのにひろびろとしていて、いつもあんまり人がいないので晴れた日はすっごく気持ちがいいのです。

砦の跡地を見ながら奥にどんどん進むとこのツェンゲン要塞の真正面に出ます。みっつの塔の屋根の上のどんぐりみたいな飾りから、フランス語でトロワ・グランTrois Glands、ルクセンブルク語でドライ・エーシェレンDräi Eechelen という愛称で親しまれています。1722~23年にオーストリア軍によって作られた要塞はやはり一旦破壊されて地中に埋もれていたものを復元、色が違うのでどこが復元した新しい部分かすぐわかります。
要塞の中は博物館になっています。周囲を回りながらぜひ土台を利用して建てられた現代美術館との調和を見てください。左右どちらからも裏側の美術館正面に出れますが、ルクセンブルクの市内が見渡せる建物に向かって右側から周るのがおすすめ。要塞跡、美術館、ホテルやフィルハーモニーのコンサートホールなどが集まっているこのトロワ・グラン公園の敷地はもうEU議会などの高層ビルが立ち並ぶキルシュベルク地区。現代建築と歴史的な建造物をうまく共存させているもっとも現代ルクセンブルクらしい界隈です。
美術館正面から右にホテルを見ながら坂を登っていくと、正面にコンベンション・センターの高層ビル、その手前にフィルハーモニー(コンサートホール)の白い建物が見えます。フィルハーモニーの手前を抜けると目の前にトラムの駅があります。ここが終点、お疲れ様。トラムに乗ったら市中心部まですぐ。Hamilius駅で降りてダルム広場のテラスでお茶をするもよし、中央駅まで行ってお気に入りの安くて美味しいお店に足を向けてもよし。
このコース、ゆっくり歩いても2時間程度だと思いますが、脚に自信がない方、是が非でも歩きたくない方、もしくはバリアフリーをご希望の方にオススメするのが曜日限定超絶ショートカット。
まずはエレベータを降りたお手洗いの先、自転車置き場のあたりからこのルクセンブルクの誇る無人バスが出ているので、これに乗ります!ただ、このバス月・水・金は運行していないので運行時間に注意。【注意】現在この無人バスは運休中となっています。
バスの運行時間:12:00-16:00、16:45-20:00 の間15分ごとに出発(火・木曜日)
10:00-21:00 の間15分ごとに出発(土・日曜日および祝日)
運賃:無料
バスに乗ったら最初の停留所フニクラFuniclaire で降ります。ここはルクセンブルク国鉄 CFL の Pfaffenthal 駅。このエレベータで上がると最初の階が電車駅、次の階がフニクラ(ケーブルカー)のホームになります。このフニクラも無料です。観光フニクラではないので眺めがそんなにいいというわけではないですが、トラムの Rout Bréck/Pafendall 駅に直結するので、ここからトラムに乗ってシャーロット大公橋を渡ればルクセンブルク市の絶壁を楽しめます。フニクラで往復してみてから電車のホームに戻り、鉄道に乗ってルクセンブルク中央駅まで一駅乗るのもかなりおすすめ。パフェンダルにかかる鉄道の高架橋から電車で市内へアプローチが体験出来ます。車窓から見るルクセンブルク城塞は何度見ても感動もの、公共交通機関が無料なルクセンブルク、乗らない手はないです!
*パフェンダルの表記について。記事中 Pfaffenthal(フランス語表記)と Pafendall(ルクセンブルク語表記)と混在していますが、基本的に鉄道駅はフランス語、トラム駅はルクセンブルク語で表記しています。
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