歩いて感じるルクセンブルク

街ごとひとつの堅牢な要塞だったルクセンブルク旧市街、ユネスコ世界遺産にも指定されているその全容を足で回って確かめる全長6キロのウォーキング・コースを回ってみました。

北のジブラルタルと言われ、度重なる覇権争いの中、欧州随一の強固な城塞を持つ軍事都市として存続してきたルクセンブルク。1867年のロンドン条約により非武装永世中立国となったのち、不要な城壁や城砦は多くが取り壊されるか廃墟化してしまい、現在残っているのはその30%にも満たないとか。在りし日の威容は今では想像するしかありませんが、人びとが長い時間をかけて築いた砦の一部を見ることは今でも可能。というわけでルクセンブルクの急峻な坂道を登り下りして一千年の歴史を体感しま〜す。この肺の苦しさもたぶん歴史のロマン。

トレッキングルートから見るルクセンブルク旧市街とボック要塞

トレッキングが盛んなルクセンブルクでは国内に整備されたトレッキングルートが200以上あるのは以前ご紹介した通りですが、今回行ってみたのはルクセンブルク旧市街を取り巻く要塞あとを巡りながら約6キロを周回するコース。なかなか全容を掴むのは難しい、長く伸びるボック要塞の鼻先まで見ながら、ラムやツェンゲンといった旧市街の外側の砦跡地も登っちゃうので、市の南東、アルゼットとペトリュスの両河川からの防御がどう築かれてきたかがわかるような気がします。何度も写真休憩を取りながらののんびりウォーキングでしたがそれでもかかった時間は3時間くらい。

復元されたラムの砦に登って見下ろすミュンスターとその農園、ボックの砲台、市街地の眺めは昔と一緒。



ルクセンブルク観光局によるマップとルート紹介はこちら。スタート地点が旧市街南側にある憲法広場Place de la Constitution の Gelle Fra(黄金の乙女像)になっていますが、周回路なのでどこからスタートしても大丈夫。ユースホステルやMudam、ボック要塞の橋もルート上なので都合のいい場所から歩き始められます。
注意!Covid-19感染対策で、現在ルートの一部(近代美術館 Mudam から降りる道)が閉鎖になっていました(2020年8月現在)。上記リンクの観光局の地図では緑の部分が迂回路となるのですが、今回は Mudam まで登って他のルートで迂回してみました。そちらも後述しますので参考にしてみてください。


憲法広場のノートル・ダム大聖堂に近い方の入り口近くにある、この階段からペトリュス川に降りていきます。目印はこの青い方向指示、矢印の方向は上リンクのルートの反時計周りとなります。




樹木、ガードレール、岩肌や道路標識のポールなど、いたるところに現れる青い矢印。迷いそうなところには必ずといっていいほど現れるので歩いている間はほとんど地図を見ずに済むくらい。ただ時々所矢印が追えないポイントがあり、やはり何度かは携帯の GPS と地図のお世話になりました。


アドルフ橋の真下を流れるペトリュス川



旧市街の南側を流れるペトリュス沿いの渓谷は、すぐ崖上が首都の中心部だとは思えない緑の多さ。街のシンボルであるアドルフ橋を背後に、ところどころで古い階段や通路を見ることのできる城砦の土台を見ながら歩いていくと正面に見えてくるのが1862年に完成したルクセンブルク高架橋。地元の人は1900年に完成したアドルフ橋に対して単に Al Bréck(古い橋)と呼んでいるそう。

ペトリュス沿いを歩いていると目の前に見えてくるアル・ブレック


グレインズカペル、古い部分はまさに洞窟の礼拝所


アル・ブレックの先駅側の崖に貼りつくように建っているのはグレインズカペルGräinskapell(聖キランの礼拝堂)。一番古い部分は1355年に建立されたもの、鐘楼がある新しい部分は19世紀に建て増しされたとのこと。ここからの湧き水は眼病を直すとされローマ時代から礼拝されていた場所で、11世紀以降はキリスト教の聖人ノイスのクィリナスの聖地だったと看板で説明されていました。いわばキリスト教以前の昔からのルクセンブルクのスピリチュアル・スポット。

サン・テュルリック通りRue Saint Ulricに連なる橋は、実はアニメ『多田くんは恋をしない』の聖地。『多田恋』はルクセンブルク(をモデルにした架空の国)が舞台なんですね。この橋のところは交通量が多いので渡る時は通り側に入った横断歩道を渡るようになっています。


青い矢印が横断歩道まで誘導してくれます。この横断歩道でルートを外れてサン・テュルック通りをそのまま少し進むと、右手にルクセンブルク一のインスタ映えを誇るミュンスター橋、左に崖上に登るエスカレータへの通路があり、エスカレータの手前に公衆手洗所があります。

Maierchen、ルクセンブルク語で「小さな壁」を意味するとのこと



ルートはペトリュスがアルゼットと合流する地点の先、鉄道高架橋のすぐ下にある、15世紀ごろに建てられたと言われるメイエルシェンMaierchen に続きアルゼット川を渡ります。遠い昔も、歩哨の兵士が川を超えてやってくる敵を見張るためにこの防御橋の上を行き来したのかしら〜?

橋を渡ってグリュントの上のラムの高台に登り、高齢者施設(注・現在Covid-19感染対策のため敷地内は関係者以外立ち入り禁止になっています)を右手に見ながら少し歩くと見えてくるのが15世紀に建てられたヤコブの塔。この塔と壁の前に昔は堀が作られていた跡がかなりはっきり残っているのですが、実はこの堀が発掘されたのは1980年代と最近だそう。昔は塔から跳ね橋が降ろされ、最上階には砲台があったようです。

ヤコブの塔、中では歴史ショートフィルムの上映も(夏季のみ)


ここでは眼下のノイミュンスターから伸びるヴェンツェルの壁にも登ることが出来ます。市街を取り囲む3番目のルクセンブルグ防衛のための環状壁の一部で、建築された時のルクセンブルク大公、14世紀から15世紀にかけてルクセンブルクを治めたヴェンツェルII世にその名をちなむそう。先ほど渡ったメイエルシェンもこのヴェンツェルの壁の一部。最大の時で875メートル続き、37の塔と15の門があったという街の防御壁が、ラムから両側に伸び、特に谷底のノイミュンスターへ降りていき、ふたたびアルゼットを渡ってボックの要塞に接続していた跡がよく見えます。このヴェンツェルの壁と旧市街の周辺を重点的に歩く周回路もあります。ルクセンブルク観光局が出しているルートと詳細なガイドのPDF(英語)はこちら


かつてのヴェンツェルの壁の全長(オレンジの線)はこんな感じ?崖下にあるルクセンブルクで最も古い居住地の一つ、グリュント地域の守りだということが理解できます。ところでヴェンツェル2世のボヘミアでの呼び名はヴァーツラフ4世。そう、あのプラハ窓外放出事件のショックで死んでしまったボヘミアの怠慢王なのです。



ドイツのトリアーに抜ける街道 “トレヴェの道” Rue de Treves(Treves はトリアーの仏語表記)へと歩を進めていきます。ドイツ最古の街と言われるトリアーはガリア戦記にも出てくるケルトの一部族トレヴェリ族が住んでいた地。カエサルの軍もこの街道からルクセンブルクを訪れたことがあったかも……ここからはボックの岬のように長く伸びる要塞の全容がよく見える絶好の写真スポット。なのですが結構交通量が多く、景色がよく見える側に道を渡ろうとして車に轢かれそうになりました…みんなも行くときは気をつけてね。

撮り鉄さんはルクセンブルク国鉄CFLが来るのを待って撮影も良し

Rue de Treves からボック要塞の伸びきった鼻の先にあるクラウゼンClausen の町へと降りていく階段への入り口。ここにも青い矢印。ルクセンブルクの急な階段にももう慣れてきました。


,アルゼット川の谷間に佇むクラウゼン


EUの父と言われるロベール・シューマンの産まれたクラウゼン、人口千人の小ささにも関わらず、川沿いの再開発された工場跡にはアーバンなパブやレストランが立ち並び、周辺の国際IT企業や金融、コンサルのヤンエグ(死語)が夜毎やってくるホットスポットであり、ミシュランの星つきレストランまであるという実は侮れないエリア。16世紀にはスペイン領ネーデルラント総督ペーター・エルンスト1世・フォン・マンスフェルトの居城フォンテン城が建設された町ですが、城跡には今ではほぼ何も残っていません。ここから前述した通り、Covidー19対策のための道路閉鎖によってルートが迂回します。

この横断歩道を渡って右に行くように青の矢印は示していますが、観光局公式サイトによる迂回路は道を渡ったあとそのまま川を左手に見ながら Alleé Pierre de Mansfeld を川に沿って歩いて行き、ユースホステルの手前の橋で元のルートに合流。公式の迂回路の続きはこちらへジャンプ。


平常ルートは横断歩道を渡った後右に折れてノイドルフ通りRue de Neudorf を進み、少し先にあるマラコフ通りRue Malakoff で折れて砦を登って行きます。

古城の一部が残るマラコフ通りの入り口

ノイドルフからマラコフ通りへ折れるのはこの彫刻がある広場の左手。通りの入り口に古い城のファサードのごく一部が残っています。



円柱形のマラコフの塔とゲート(1861年に建てられたもの)、途中にあるロベール・シューマンの生家、山道、樹々の間から向こう側に見える旧市街(↑ の写真時計回り)と、近代美術館Mudam のあるツェンゲン要塞まで登る道は昼間でも鬱蒼と薄暗い道ながら盛りだくさんな内容。山道を登った頂上に要塞の廃墟の土台を利用した近代建築の美術館が現れるのも驚き。

1732年にオーストリア・ハプスブルクによって築かれたツェンゲン要塞。別名三つのどんぐりDräi Eechelen、三つの円塔の屋根の上の飾りにちなみます。周囲の堀などは壊されて1990年代になってから発掘と復元が進められました。



ルートを示す青い矢印は美術館の周囲を巡ります。モダンな建築と廃墟だった18世紀の要塞との調和と融合をぜひ堪能して。ここから見下ろす街の風景も圧巻。




ここにある砦群はヴェンツェルの壁より新しく、1683年のフランス・ルイ14世によるルクセンブルク包囲戦で街を攻め落とした技術将校ヴォーバンが、戦争ののち防御の脆弱性をカバーするため築いた稜堡式要塞です。自分で攻め落としただけに弱い部分はよく見えたんでしょうね〜。「ルクセンブルクはヴォーバンが陥落させヴォーバンが難攻不落にした」と言われる所以だそう。ヴォーバンはもっとも偉大な軍事建築家で、150以上の要塞を築城し、ブザンソンのシタデルなどその代表的な作品はまとめて「ヴォーバンの防衛施設群」としてユネスコ世界遺産に登録されています。日本では函館にある五稜郭がヴォーバンが発展させた稜堡式城郭の代表ですね。ツェンゲン要塞の中はルクセンブルクの軍事建築の歴史を展示している博物館Musée Dräi Eechelen になっています。常設展は入場無料(特別展は大人7ユーロ/学生無料)、営業時間10−18時(水曜のみ20時まで)、月曜休館。

近代美術館Mudam から降りて行くルートはここからが現在立ち入り禁止。フェンスがこのように張り巡らされていました。この手前で別れる別の道に 「Ville Basse(下の村)」という標識があるのでここを降りていきます。




下って行くと Rue des Trois-Glands(フランス語で”三つのどんぐりの道”、↓ 写真左)に出ます。この道の左手にはオーストリア・ハプスブルクの軍隊が使っていた弾薬庫(↓ 写真右)があり、鉄道橋の下をくぐったらヴォーバン通りRue Vauban に突き当たるので左折してまっすぐ進みます。




鉄道橋の真下に川を渡る小さな橋があり(車も通る橋なので渡るときはちょっと怖い!)ここでオリジナルルートに戻りました。橋のたもとの交通標識におなじみの青い矢印が!橋を渡った先がユース・ホステル。



橋から一気にボック要塞まで上がるキツい坂道の途中に、ボック要塞と市街を結ぶ通称”城の橋”の橋桁が見え、その間からノイミュンスターの尖塔が。ルクセンブルクで方向感覚を失うのはこんな時。




ボックから先はひたすら旧市街の城壁の上、「ヨーロッパ一美しいバルコニー」と言われるルクセンブルクの展望台、シュマン・ド・ラ・コルニッシュChemin de la Corniche を歩きます!どこから撮ってもインスタ映えしない景色がない……途中の見晴らしの良いカフェでひとやすみしながらゆっくり景色を堪能するのもいいですよね〜。



シュマン・ド・ラ・コルニッシュからプラトー・ドゥ・サンテスプリPlateau du Saint-Esprit を経由してフランクリン・ルーズベルト大通りBoulevard Franklin Delano Roosevelt に出るあたりは、工事中のせいか青い矢印が見当たらなくなる場所。ここでは地図をたよりにルーズベルト大通りとの突き当たりで憲法広場方面へ右折して歩いて行くとノートル・ダム大聖堂の前で青い矢印に再会できます。



憲法広場に戻ってきて無事終了。いい運動だった!皆様もルクセンブルクの市内をばんばん歩き、ばんばん素敵な写真を撮ってばんばんSNSにアップしてください、そしてルクセンブルクの魅力を世界に知らしめて……Covid-19のおかげでルクスの観光業も疲弊しています。早く落ち着いてたくさん旅行できるようになるといいですね、そしてまたルクセンブルクが観光客で溢れますように。

憲法広場からの景色も大好き!これはおなじみペトリュスの渓谷の向かいに見える美しい塔のある建物。よく観光客に大公宮だと勘違いされてますが実はルクセンブルクの国立銀行BCEE(Spuerkeess)の本店です。

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