ルクセンブルクでは12月6日の聖ニコラの日に、クレーシェンと呼ばれるサンタによく似た人が汽車でルクセンブルク中央駅に降り立ち、子供たちにプレゼントを配ります。おとものホウゼカーもいっしょです。
あわてんぼうの〜サンタクロース〜、クリスマス前に〜やってきた〜♪とこの時期日本の子供達は歌ってますが、ここルクセンブルクでは良い子のみんなにプレゼントをくれるクレーシェン KLEESCHEN または聖ニコラ Zinniklos は、聖ニコラの日の前夜に子供達の家を訪れ、寝静まった子供部屋に用意された靴の中にお菓子やおもちゃを入れて行くのです。ルクセンブルクでは12月6日はクレーシェンからのプレゼントを受け取るため?小学校がお休みになるほど重要な聖日。

じゃあクレーシェンはルクセンブルクのサンタクロースなのね!と思っていた時代が私にもありました……実はクレーシェン(聖ニコラ)は、アメリカ産の赤い服を着てそりに乗り Hohoho と笑う白いひげのおっさんとは明確に違うらしいのです。写真はルクセンブルクで1、2を争う老舗菓子店 Oberwise で売られているチョコレート。左がサンタ(ペール・ノエル )。右が聖ニコラをかたどったもので、ミトラ(司祭のかぶる冠)と司祭杖を持ち、生き返らせた二人の子供を連れています。この二人は別人!という強い主張を感じます。
クレーシェンご本人も youtube にアップした動画で「サンタと混同しないで!あれは商業主義が生んだキャラだから」と(サンタを有名したCMの)コカコーラを飲みながら訴えております。SNS をチェックしルクセンブルクの良い子を探して1年に1回だけ働くラッキーな職業だそうです(ご本人談)。
そもそも聖ニコラって誰?
ルクセンブルクに限らず、ドイツやオランダ、フランスで根強い人気の子供達の守護聖人である聖ニコラは、ビーチリゾートで有名なトルコ・アンタルヤ地方のミュラという町の司教であったミラのニコラオスのことというのは知られているとおり。ミラのニコラオスには、持参金のないカップルを助けて結婚できるようにしたとか、海で溺れた水夫を助けたなどの様々な聖人伝説があり、海運の守護聖人でもあるのですが、ルクセンブルクでいちばん有名なのは「飢饉で食べ物がなくなった時、迷い込んだ3人の子供を殺して塩漬けにしていた肉屋の元に聖ニコラが訪れ、子供を漬け込んだ樽を杖で叩いて子供たちを生き返らせ、肉屋の夫婦は改心した」というルクセンブルクにほど近いフランス・ロレーヌ地方の伝説。

この伝説があるせいか、フランスのみならずロレーヌ地方に隣接しているドイツ・ラインラント地方やスイス、ルクセンブルクではこの時期、この人型をしているボックスメンチェンBoxemännchen(仏語:Bonhomme)を食べます。もとは聖ニコラをかたどったものだったらしいのですがルクセンブルクではこんな素朴な形状、ドイツでは昔は聖ニコラの杖を持っていたのが、宗教改革とともに杖は姿を消しパイプをくわえている姿になっているようです。
聖ニコラのオランダでの呼び名シンタクロースが、欧州からアメリカにわたった移民の間でいつの間にか訛ったのがサンタクロースの原型。ただアメリカではカソリックの影響を強く残した杖やミトラ、聖ニコラには欠かせないお供の存在も抜け落ちてしまったようです。ルクセンブルクのクレーシェンはホウゼカーHousecker という全身黒づくめで顔を煤で真っ黒にした従者を連れています。ホウゼカーが背中に背負った袋からは聖ニコラが生き返らせる子供たちの手足がのぞいていて、クレーシェンが良い子にはお菓子やおもちゃをくれるのに対し、ホウゼカーは悪い子供たちを手にした木の枝で追いかけ回します。

オランダのシンタクロースはスペインから来るという設定のため、お供はムーア人のズワルトピートで伝統的に顔を黒く塗っていましたが、これは人種差別的なのではという批判も最近はあるとか。ドイツやオーストリア・チロル地方、ハンガリーでは「クリスマスの悪魔」クランプスが同様の役割を果たします、子供に優しい聖ニコラのお供とはとても思えない、なまはげも真っ青なちょうこわいクランプスが悪い子たちの心胆を寒からしめます(興味がある人は画像検索してみてください、大人でも泣きそうになります)。共通しているのは聖ニコラの日の前夜、聖ニコラのお供で悪い子を懲罰する、なんか黒い、ってことでしょうか。ルクセンブルクのホウゼカーは愛嬌がありつつ、子供を怖がらせることに気合いが入りまくったクランプス等と比べると今いちやる気がないような。

仕事よりもクリスマスマーケットのお店を冷やかすことに集中、やる気ないよね?!まぁそれくらいルクセンブルクには悪い子が少ない、ってことなのかもしれません。
フランスのサンタ、ペール・ノエル
聖ニコラの命日である12月6日を過ぎると、ボックスメンチェンやクレーシェンの代わりにクリスマスに向けて幅をきかせはじめるのがアメリカ産のサンタクロース。フランス語圏であるルクセンブルクではペール・ノエル(またはパパ・ノエル )と呼ばれることも多いのです。この時期ルクセンブルクの町中ではペール・ノエルを歌ったフランスの童謡『プティ・パパ・ノエル』を流すのが定番。
ペール・ノエル 、つまり英語でファーザー・クリスマスだといえば、映画『戦場のメリー・クリスマス』で北野武が「ファーゼル・クリースマス!」とデイヴィッド・ボウイーとトム・コンティに叫んでいた場面を思い出す方も多いでしょう。ところが英国でのこのファーザー・クリスマスは、キリスト教伝来以前のケルトの精霊を祖にする、サンタクロースや聖ニコラとは全く別の存在だからややこしい。ケルト文化ではクリスマスと時期を前後する冬至は昼間の時間が再び長くなる一陽来復のお祭り。だからクリスマスの精霊ファーザー・クリスマスも最初は太陽の再生の象徴である緑の服を着ていたようです。そう、欧州のクリスマスはキリストの誕生日であると同時に、長い冬を耐え抜き太陽の再臨を賀ぐ日でもあったわけです。クリスマスに飾られるもみの木やリースの緑もその象徴。

クリスマス前にはルクセンブルクの大きなショッピングセンターではどこでもこの「サンタのグロット」が現れます。もとは英国の大手デパートで始まった比較的新しい習慣で、クリスマスツリーで飾られた小屋(グロット)にサンタクロースがいて子供たちとお話しするもの。でもここはルクセンブルク、いるのはやっぱりクレーシェン。
こうしていろいろ調べてみると、様々な伝説の真偽はともかく、生きていた時代、出身地、命日まで記録に残っているミラの聖ニコラウスに比べ、正体不明なのは実はサンタクロースの方なのかもしれません。おまえ誰や。




ルクセンブルクでは12月5日前後の週末、クレーシェンが汽車でやって来て中央駅に降り立ちます。そこからお供のホウゼカーと町中を行進して、旧市街中心部などにあるクリスマス・マーケットで子供たちにお菓子を配るのが年中行事でした。2020年は11月下旬から12月15日まで実施された部分ロックダウンのため、クレーシェンの行進は(そしてもちろんクリスマスマーケットも)中止。ショッピング・センターのサンタのグロットも感染対策のため中止になっています。子供たちの落胆が続くなか、5日の土曜日にはクリスマス・ショッピングで(それなりに)賑わうルクセンブルク中心部のGrand−Rueに感染対策のためマスクをつけたクレーシェンが現れ人々を楽しませていました(上写真右)。アイリッシュ・クラブでは12月13日にドライブスルー・サンタズ・グロットが開かれるとか。参加のためのレジスターは7日まで、いそげ〜。スーパーではボックスメンチェンやシュトレンが売られ、それでもクリスマス気分は盛り上がっています。来年のルクセンブルクでは普通にクレーシェンやクリスマス・マーケットが楽しめるといいですよね。
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