灰の水曜日からイースターまでの四旬節(レント)の期間の第4日曜日、ルクセンブルクでは男性が思う相手の女性にプレッツェルを贈る伝統があります。
最近スーパーに行くとパンコーナーに大きなプレッツェルがたくさん売ってるのが目につく…そして Bretzelsonndeg(ルクセンブルク語で「プレッツェルの日曜日」)とか書いてある。へぇそんな日があるのね、パン屋さんのイベントかしら?と思っていたらルクセンブルクのメディア RTL さんがタイムリーに記事を出してくれました。なんと、意外と伝統のある古い習慣とのこと。

プレッツェルの日曜日、男たちは憎からず思っているお目当の女性にプレッツェルを贈ります。受け取った女性は3週間後のイースターの日に、自分も同じ気持ちなら卵を、ゴメンナサイなら空のバスケットを贈り返すのが古式ゆかしいこの日の伝統だそうなのです。ルクセンブルク語で「フラれる」という意味の古い言い回し De Kuerf kréien(バスケットを貰う)はここから来ているとのこと。好きな人に決まった食べ物を贈り、何週間後に別の食べ物で返事が来るというのは日本のバレンタインの風習っぽいですよね。先に贈り物をするのが男性なところは違いますが、実はルクセンブルクの習慣では、うるう年にこの性別の役割がひっくり返ります。つまり4年に一度はプレッツェルを贈るのが女性、お返しに卵(またはバスケット)を贈るのが男性となります。
ただ今の時代、ジェンダーで告白の順番が決まるなんて奥ゆかし過ぎてちょっと…だし、カップルが常に男女とも限りません。「愛する人にプレッツェルを贈ろう!」とルクセンブルクのパン屋さんたちとこの日を喧伝しているベッテル首相だってパートナーは同性、ということで最近はシンプルに性別関係なく好きな相手にプレッツェルを贈る日、ということになって来つつある模様。


こんな感じにパン屋やスーパーに並ぶプレッツェルはだいぶ普通の物より大振り。そして硬くて塩味の普通のプレッツェルではなく、サクサクしたパスティ生地にアーモンドや砂糖やアイシングがまぶしてある甘いものを贈るのが主流となって来ているようです。捻ってある真ん中の棒は腕を組む恋人たちをあらわしていると言われています(はあと)。やはり甘いんですよらぶな食べ物は!
18世紀から始まったと言われるこの伝統の古いかたちはこう。レント最初の日曜日、木材を積み上げて作った大きな十字架を燃やす Buergbrennen(今日でもルクセンブルクの春の最重要行事の一つですよね)の日に、その篝火に向かって恋人になりたい相手の名前を叫んで木を投げ入れる古い恋のおまじないを女性たちが行います。3週間後、このおまじないの成果があらわれ、名前を呼んだ相手がプレッツェルを贈って来ます、そして女性はその3週間後のイースターに卵を贈り返すという、レントの6週間の期間をフルに使った今から考えるとのんびりしたサイクルでの交際申し込みのプロセス。20世紀まではルクセンブルクでもモーゼル川とシュール川の流域の地域のみの習慣だったようですが、今では国中のパン屋さんでこの日にプレッツェルが溢れ、ルクセンブルク市ではプレッツェル・クイーンを冠したパレードが企画され無料のプレッツェルが配られるイベントも行われる…予定だったのですが2020年も2021年もCovid−19のおかげでキャンセルになりました…2022年に期待!

しかしこの形になるまでのプレッツェルの日曜日の伝統はもっと古くまで遡れます。イタリアの僧侶が子供達が祈りを覚えるごとにプレッツェルを与えたのが始まりなど諸説あり、はっきりとした起源はわからないのですが、いちばん有力なのがキリスト教以前のケルトの女神シロナへの生贄のシンボルであるという説。恋人たちの行事がいきなり血なまぐさい話になってまいりました。
シロナはローマ時代のケルト、つまりガリア戦記の時代に、主に東フランスからドイツ・オーストリア、ハンガリーにまたがるモーゼル川とドナウ川に囲まれた地域で崇拝されていたケルトの女神で、右手に蛇を巻きつけ、左手に卵をみっつ入れた容器を持っています。温泉と関連のある女神であったと考えられていてシロナの石像は2世紀ごろの温泉のある場所で出土しています。ケルトの原始宗教では、人間や動物を木枠で作ったウィッカーマンという巨大な人型の檻に閉じ込め焼き殺して生贄とすることはガリア戦記にも記述がありますが、これもちょっと Buergbrennen っぽいですよね。もっと怖い話をすると、プレッツェルの3つの穴は恋人たちの組んだ腕ではなく、3人の生贄の首を吊るしたロープをあらわしているとか。きゃー!
しかしそんな大昔のカルト宗教の行事も今は関係なく、甘く楽しいプレッツェルでこの日を祝って楽しんじゃうのが吉。すでに恋人同士のふたりも、何ならすでに結婚しているカップルの間でもプレッツェルを贈り合うそうですよ!ちょっとパン屋の陰謀に乗せられてる感もなくはないですが、私もしっかりスーパーで買ってしまいました。今年はおうちで甘いプレッツェルを堪能します〜〜〜。